フィルムカメラで記録できること
ゲスト:大江大さん(Inherit Camera 店主・@inherit_camera_sapporo)
今回のゲストは、豊平区平岸の中古カメラ専門店「Inherit Camera(インヘリットカメラ)」店主の大江大さん。機動隊員を経てカメラの世界へ進み、2026年9月で開業2年を迎えました。テーマは「フィルムカメラで記録できること」。フィルムはノスタルジーのための道具なのか——大江さんの答えは「体験と物質」でした。現像を待つ時間、手間をかける工程、そして封筒に入ったネガが手元に残る安心感。粒子がランダムに並ぶフィルムが持つ、無段階な記録の豊かさ。AIが入り込まない場所としての暗室づくりや、枯淡珈琲の出がらしでフィルムを現像する実験まで、カウンター越しにうかがいました。
書き起こし
Vol.18「フィルムカメラで記録できること」本編の会話を、読みやすく編集してお届けします。(聞き手:鈴木謙太郎/川筋愛友、ゲスト:大江大)
ゲスト・大江大さん
今回のゲストは、中古カメラの専門店「Inherit Camera(インヘリットカメラ)」店主の大江大さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
上から読んでも下から読んでも、大江大。絶対に突っ込まれますよね。
名刺を渡すと、だいたい言われますね(笑)。
枯淡珈琲とはよく一緒にイベントをやっていますよね。
開業が同期なのもあって、なんやかんや仲良くさせてもらっています。
お店は2026年9月でちょうど開業2年、3年目に入ったところ。場所は環状通りの近くですね。
住所でいうと、札幌市豊平区平岸1条9丁目1-5です。通りから見えるところにあります。
僕はお店の名前を、FM NORTH WAVEのDJのチャボちゃんから聞いていたんです。僕もノースウェーブ出身で——といっても開局当初の話で、チャボちゃんが生まれる前なんですけど(笑)。
御幸通り市場と、大判カメラの写真館
先日の「御幸通り市場」では、枯淡珈琲の前の道路を歩行者天国にして、お店を背景にした写真館のようなことをやっていたんですよね。
この建物を背景に、チェキで撮ったり撮影したり、あとは移動暗室を設置したり、という感じです。
黄色のカングーを暗室にして。使っていたのはチェキですか。
チェキワイドのフィルムですね。本来は富士フイルムのinstaxで使うものですが、それを大判カメラに取り付けて使えるようにするアタッチメントがロモグラフィーから出ていて。チェキの筐体部分を、そのまま大判カメラに置き換えた、という感じです。
そんなことができるんだ。大判のサイズは。
シノゴ、4インチ×5インチですね。
一般的な35mmフィルムの約14倍の面積。フィルムが大きいから、とてつもない量の光を一度に写し込むカメラです。その上のエイトバイテン(8×10インチ)もありますね。
面積比でシノゴの4倍です。さらに上に11×14というのもあります。フィルムがただ大きくなるだけなんですけど(笑)。レンズシャッターなので速くても1/500くらい、絞らないと被写界深度がすごく浅くなる。動くものはまず撮らないですね。
古い写真館の映像だと、バシャッて音が鳴っていませんか。
あれはフラッシュの音ですね。シャッターの音はすごく小さくて、「今撮ったの?」と言われるくらいです。
友人の写真家・藤倉翼もシノゴを持っていて、撮った写真を譲ってもらったことがあるんですが、階調がとても美しいんですよ。——ところで鮎ちゃんは、イベントの間なにをしていたの。
うちはサンドイッチを出して、コーヒーは「弟子」と言われているルガタヤコーヒーがメインで淹れてくれていたので、私はチケット担当。疲れたら大江さんのところに話しかけに行っていました(笑)。
元機動隊員が、カメラ屋になるまで
大江さん、もともと機動隊員だったんですよね。
警備部の機動隊です。暴動のときにヘルメットをかぶって盾を持って行く、あの機動隊ですね。訓練をしたり、いろいろな場所の警備を持ち回りで担当したり。伊勢志摩サミットの警備に行ったり、DJポリスもやりました。北海道でやったのは、たぶん私だけです。
そこから30歳で退職して、カメラの世界へ。写真家ではなく、カメラ屋なんですね。
写真家になろうと思ったことは一度もないんです。警察も何も考えずに辞めて、ぶらぶらしていたときに、もともとずっとカメラはやっていたので、カメラ関係の仕事があればと思って中古カメラ店に勤めて。そこから独立しました。カメラなら何でも扱いますが、いまはフィルムカメラがメインになっていますね。
フィルムも、選べるお店が本当に少ないですよね。
モノクロとカラーを合わせて、50種類くらいは置いていると思います。映画用のVISION3を写真に使ったり、そのレムジェット層を除去したものがあったり。今は本当に、いろいろなフィルムがあります。
フィルムは「体験と物質」
挑戦的な質問をさせてください。フィルム写真というと、多くの人はノスタルジックで粒子感の強い画を想像すると思う。でも、ノスタルジックだけではフィルムは生き残れない。クリストファー・ノーランがIMAXのフィルムカメラに求めているものは、決してノスタルジーじゃないでしょう。専門家として、大江さんはフィルムをどう捉えていますか。
ずっと考えているし、自分の中でも考えは変わってきているんですが、いまは「体験と物質」かなと思っています。フィルムは現像しなければ像が見られない。手作業でもラボに任せるにしても、待つ時間や工程に手間をかけることは、体験としてすごく価値がある。そしてネガとして、物質として手元に残ることが大事だと思うんです。クラウドやSSDに埋もれた何千枚の写真を、いつ見返すのか。たった36枚のネガが封筒に入って手元にあるだけで、なんだか安心感がある。勝ち負けで比べるものではないけれど、デジタルとは違う写真体験だと思います。
無段階に記録するということ
同じサイズで比べたら、階調ではもうデジタルには敵わない。ただデジタルは、まっすぐ並んだ格子の一つひとつに「このくらいの色」と数値を割り当てて画をつくっている。
1画素で受け取れる光が決まっていて、隣の画素の色を予想してつくっている部分もあるんです。だから偽色という、変な色が出ることもあります。
それに比べてフィルムは薬剤の反応だから、粒子がきれいに並んでいるわけじゃない。
完全にランダムですね。銀粒子の大きさもランダムなので、粒子ごとに受け取れる情報が違う。だから粘り強いというか、とくに明るい側、オーバー側に強いんです。
デジタルは上をパーンと切ってしまって、コントラストの強い画が出る。そこがふわっと滲む奥行き感や、階調のなめらかさは、シミュレーターでは再現しきれない。四角く切り取っていないから、無段階に情報を持っている——それがフィルムの良さだと僕は思っていて。光や、その時の人の体温のようなオーガニックなものを、むしろものすごく高い解像度で記録している。
アイヌのフチ(おばあちゃん)に聞いた話があるんです。車で一緒にいた人が「あのオレンジ色の屋根ですか」と聞いたら、「いや、あれは赤だ」と。アイヌの人たちは、色の名前をあまり多く持っていなかったそうなんです。赤は見る人によって違うし、時間によっても、その時の気分によっても違う。色に名前をつけたら有限になってしまう、と。
素敵ですね、それ。
神謡も、フチによって語ることがだいぶ違うらしい。文字に残さなかったのも、その時にその話をするから意味がある、ということだったようで。空気を感じながら暮らす、究極のアナログ行為ですよね。むしろ豊かだと感じたんです。
AIが入らない場所としての暗室
いま暗室をつくっているんです。モノクロの暗室で、引き伸ばし機を入れて。今の時代、AIが関わらないのはすごく難しい。PhotoshopにもLightroomにも、必ずAIが入っていますよね。でも自分で現像して、自分で引き伸ばすところまでやれば、AIは一切入らない。入っていないことの証明が、すごく簡単なんです。時代には逆行しているけれど、それが一つの証明になるんじゃないかと思っています。
僕もしばらくAIの動画と向き合っていたけど、やっぱり違うなと思った。光をどれだけ美しいものとして記録できるか——フィルムを古いもの、ノスタルジックなものだと思っている人にも、そうじゃないんだと知ってほしいですね。暗室はいつ完成の予定ですか。
もう10月なので、今月中には完成させたいと思っています。藤倉さんが使っていたシノゴの引き伸ばし機も、この冬にうちへ入れる予定なんです。
翼とはもう20年以上の付き合いで。野宮真貴さんと一緒につくっていた旅番組でカメラを回していたのも翼なんです。
写真の消費スピードと、時間的耐久性
このあいだ、動画で撮ってくれとカメラを渡されて、そこから静止画を切り出してアップすると言われて、思わず怒ってカメラを返しちゃったんです(笑)。それくらいの時代。フィルムを扱う立場から、今の写真文化はどう見えていますか。
多くの人が写真に触れるようになったのは、いいことの一側面だと思います。一方で、写真の消費スピードがとても速い。1枚の写真を眺めている時間の短さといったら。カメラロールもSNSのタイムラインも、いいねをつけて次、いいねをつけて次。昔のアルバムを1枚ずつめくって「こんなことがあったな」と眺めるようなことが、少し失われているのかもしれない。それが寂しいと思うこともあります。
デジタルは拡張子やフォーマットも変わっていく。黎明期のデジタル画像が、破損したり今の機器で見られなくなったりということが、すでに起きているそうです。30年のうちに失われてしまうのか、と。フィルムは物として残ってさえいれば、また画像にもできるし、プリントもできるので。
時間的耐久性ですよね。僕がいたD&DEPARTMENT PROJECTのナガオカケンメイさんに、「物をつくると同時にゴミを出している」と教わりました。ゴミにならないように、時間的耐久性を持たせる。だから僕のものづくりは、どんどんシンプルになっていったんです。
喫茶店の使い方もそうですね。さっと飲んでさっと帰っていく人を見ると、その人にとっての価値って何なんだろうと思ってしまいます。
残り続けているメニューや、定番と呼ばれるものの価値は、改めてすごいと思う。時代に合わせて少しずつ変化しながら持ち続ける。そういう一品を目指すのも、ひとつなのかもしれないね。
出がらしのコーヒーで、フィルムを現像する
枯淡珈琲とInherit Cameraは、この先なにかやる予定はあるんですか。
コーヒー現像の件はどうなっていますか。
「コーヒー現像」という手法があって、たいていはインスタントコーヒーでやるのが主流なんです。でも成分を調べていくと、普通のコーヒー豆や出がらしにも、現像に作用する成分——カフェ酸などのポリフェノールの仲間——が残っているらしい。それで枯淡珈琲さんから出がらしを大量にもらって実験したら、ちゃんとフィルムが現像できたんです。色が変わるわけではなく、普通に使える。出がらしの量を400g、200g、100gと変えたり、アスコルビン酸が必要かどうかも含めて試しています。印画紙でもできるはずで、そうなればコーヒーの色が印画紙に乗って、いい感じになるんじゃないかと。
カフェで出た出がらしに、最後にひと花咲かせる。
いつかワークショップにできたらいいね、と話しています。少し時間はかかりますが。
雪と、モノクロ
これから冬になって雪が降る。モノクロで現像してみたいな。きれいなんだろうな。
白の陰影の出方は、きちんと露出を当てて撮れば、かなりきれいに出せると思います。上の粘りがかなり効くので。中判以上になると粒子感もそれほど目立たなくて、銀の反応だけで陰影が出てくる。ただ、暗室作業は地獄ですよ(笑)。
白いものを撮るために北海道に来る写真家の友人がいて。白といっても無限にグラデーションがある。それをアナログでやったらどうなるんだろう。
北海道じゃなきゃできない気がしますね。
企画しましょうよ、3者で。
おわりに
暗室の完成は、お店のSNSで追いかけられるんですよね。
XでもInstagramでも、ハッシュタグ「#暗室進捗」で更新しています。暗室はお店から車で5分くらいのところで、会員制にする予定です。気になる方はお問い合わせください。
今日はInherit Cameraの大江大さんにお話をうかがいました。ガーッとマニアックになるんじゃないかとドキドキしていたけど、若干マニアックになりました(笑)。ありがとうございました。
ありがとうございました。
※ 読みやすさのため、話し言葉を一部整えています。内容は本編音声にもとづきます。後半の B-Side NOTES(48:32〜/北地蔵)は、本編の音声でお楽しみください。