ブレンドの哲学
ゲスト:平野一政さん(ひの珈琲店 店主・焙煎士・@hino_cafe)
今回のゲストは、白石区・国道12号線沿いの赤い建物で自家焙煎とネルドリップのコーヒーを続ける、ひの珈琲店の平野一政さん。テーマは「ブレンドの哲学」。個性を競うシングルオリジンが広まるいま、平野さんのブレンドはその逆で、飲む人が余計な考え事をせずに過ごせる時間そのものを目指してつくられています。中深煎りの「汀(てい)」は波打ち際の淡く揺れる柔らかさ、深煎りの「灯(とう)」は夜に灯る淡い明かり——名前に込めた景色と、ネルドリップだからこそ出せるまろやかさの理由を、カウンター越しにうかがいました。
書き起こし
Vol.17「ブレンドの哲学」本編の会話を、読みやすく編集してお届けします。(聞き手:鈴木謙太郎/川筋愛友、ゲスト:平野一政)
ゲスト・平野一政さん
今回のゲストは、白石区・国道12号線沿いの赤い建物、自家焙煎のコーヒー店「ひの珈琲店」。焙煎士の平野一政さんです。平野さんと川筋さんは、ネルドリップつながりだそうですね。
ネルドリップをやっているコーヒー屋同士のつながり、という感じです。盛岡でご一緒したこともありますし、お互いをコーヒー屋として認識していました。
ネルドリップを広めたい、という川筋さんの思いもあって来ていただきました。改めて、ひの珈琲店 店主・焙煎士の平野一政さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
最初にお会いしたのは、私が間借りでお店をやっていた頃に、来てくださったのが最初だった気がします。
大坊さんの講習会でも会っていますね。
大坊さんは、僕の中では伝説の人みたいな存在で。今年6月の盛岡のコーヒーフェスティバルでも、ご一緒されたそうですね。
「ひの珈琲店」という名前
国道12号線を走ると赤い建物があって、前から喫茶店なんだろうなと思っていました。2013年の開業ですよね。ところで、なぜ「ひの」なんですか。
前の店の名前が「カフェひの」だったんです。始めるとき、誰でも入りやすいように「カフェ」を付けたくて。ただ自分の名前を足すと「カフェ平野」になって、なんだかダサい。友人に相談したら「一文字とってアルファベットにすれば」と言われて、「hino、いいじゃん」と。そのまま後戻りできなくなった、という(笑)。
てっきり「日野さん」というオーナーがいたのかと思っていました。
それが、始めてから言われたんです。焙煎の世界に日野さんという有名な方がいて、その方が引退された後にうちの物件が空いたらしくて。最初のお客さんに「日野さんの店じゃないのか」という顔をされて、「違います」と(笑)。
2025年12月にリニューアルされましたね。今はどんなコンセプトで。
前の店から一貫して、コーヒーの専門店として味を伝え、その楽しさを届けるのが大きな柱です。今回は店を少し広くしたので、「空間」や「時間」としての提案をもう一つのテーマに加えました。コーヒーを飲みながら友人とゆっくり過ごしたり、一人で本を読んだり——そんな時間の豊かさを提案できたら、と。その2本柱でやっています。
ネルドリップという選択
ネルドリップのお店ですよね。ペーパードリップとの違いを、お二人はどう感じていますか。
角が立ちそうな言い方しかできないけれど(笑)、わざわざネルで淹れるのは一味違うなと思っていて。自宅ではペーパーでもうまく落とせるけれど、ネルはだいぶ練習しないと淹れられない。縫ったり煮沸したり、手間をかける愛おしさが違います。抽出したコーヒーの粘度も全然違って、飲み物としてもだいぶ違う。
僕は理屈っぽく考えるほうで。ペーパードリップだと、コーヒーの油脂分が紙に取られてしまう。ネルは何度も使ううちに油脂分がうまく透過して、味全体をまろやかに包み込む。重さやまろやかさ、甘さが出るところが、味としての大きな違いだと思います。僕はその輪郭の丸さや淡さが好きでネルをやっているので、それが伝わったらいいな、と。
優しい。私よりずっと優しい言い方(笑)。
ネルで淹れる店としての気概のようなものは。
自分がそれを好きだから、が大きいかもしれません。あとは文化的な側面ですね。ネルドリップが主体で行われているのは、ほぼ日本くらいで、喫茶文化とも深く根付いている。なぜ使うようになったのか歴史を紐解くと、昔の人たちが、今ほど整っていない原料でうまく淹れようとした先人の技術なんだと分かる。現代の材料や科学的なアプローチを踏まえれば、より良いラインで作れるんじゃないか、と思っています。
もともと品質がバラバラだった時代に、ネルが有利だったんですね。
そう考えています。大量に落とすときに一定の時間を保持できたり、条件を整えやすかった。油脂分の透過が多くなれば味も柔らかく出せるので、原料の乱れを分かりにくくする——そんな要素も、昔はあったんじゃないかと。
いまは焙煎技術も上がって、入ってくる豆の品質も上がりました。その中で、ネルの良さは際立ってきましたか。
それは諸説あって、意見が分かれるところですね。
「際立つ」という言い方は、少し違う気もします。
ネルは入れ方の幅が、ペーパーより広くなると思います。ペーパーは毎回替えるので透過の時間が一定。でもネルは1杯目と50杯目では全く違う。その時に合わせて、作りたい味のニュアンスでネルを選ぶんです。「このくらいの味なら、このくらい使ったネル」「逆に、使い込んでいないネルじゃないと」と選択する。
盛岡のフェスでも、同じ豆でも淹れ手によって全く違う味になる。その面白さ、遊びがあるなと思います。
純喫茶と、いまはなき名店の記憶
純喫茶と、そうでないコーヒー店の違い、という話を聞いたことがあって。フルサービスの店は、1杯目をわざと薄く淹れていた、とか。お客さんが何杯も飲むから、状況を見ながら濃さを変えていた。そうやってお客さんを見ながら時間を提供するのが純喫茶だ、と教わったことがあります。実は僕、SNS全盛期に「純喫茶ファンクラブ」を作っていたくらい通っていたんです。
パインカンさんとか。
パインカンはサイフォンの名手でしたね。最後まで交流はありました。
お店を畳まれた後も、豆売りを続けられていたとか。
ご本人が亡くなられて。体調を崩されて、娘さんが手伝いながら続けていたのですが、最後は——という話でした。
おいしいお店でした。
素晴らしかった。今でもパインカンのお客さんがうちに来ますよ。「まだ覚えているよ」と、味の話をしてくださる。「こういう味だったよね」と。
80近い方が多いですね。うちはそういう方が意外と多くて。いろんな店の思い出を抱えて来て、「お前のところでは出せないのか」と(笑)。うれしくも、少し苦い思い出です。
ブレンドの哲学 ―「汀」と「灯」
ここから本題です。テーマは少し硬く「ブレンドの哲学」と名付けました。僕は消費者として、初めての店ではブレンドか、あればラテを頼むことが多い。価格が手頃なこともあるけれど、店のブレンド=そこのシグネチャーだろう、まずはそれを、という気持ちで。一方でいまは「シングルオリジン」「スペシャルティ」という言葉がすっかり広まりました。そんな中で、平野さんにとってブレンドとは何でしょう。
うちのブレンドは2種類で、中深煎りが「汀(てい)」、深煎りが「灯(とう)」です。この2つは、僕にとって、柔らかさや、過ごす時間を豊かにすることを目的に作っています。シングルオリジンは「こういう味がします」という個性的な表現をとても大切にするもの。でも僕はちょっとひねくれていて(笑)、それを混ぜることで、飲んだ人が余計な考え事をせずに飲めるものを作ろう、と。それが今回のブレンドのテーマなんです。情報が溢れる世の中で、人はつい一生懸命に情報を探る癖がある。それなしに飲めるものがいい。ブレンドは、うちではそういう役割を果たしています。
「汀」は水際、境界線を表す言葉ですよね。
波打ち際をイメージしています。境界線は淡く揺れるもので、それが優しく見える。柔らかさ、優しさをテーマに入れました。「灯」のほうは淡い明かりのイメージ。夜、少し濃いめに飲みたいときに、柔らかく染みてくるような——そんな名前をつけました。
情報のノイズが多い時代に、すっと抜くような。
現代はとくにそういう側面が多いので。空間を切り取って別世界にしても、そこで流れているものが騒がしかったら意味がない。そういう面はあります。
すごく引っ張られちゃう。どうしたものかな、と思って聞いていました(笑)。
繰り返し自分に問答しているんでしょうね、たぶん。
おわりに
久しぶりに、カフェを冠した番組らしく、深いコーヒーの話ができて楽しかったです。またコーヒーの先輩をお呼びしたいですね。
ぜひ。「我こそは」という先輩方、お待ちしています。
配信と同時に、番組の雰囲気に合わせたプレイリストをSpotifyで公開しています。リンクはホームページやSNSから。SAPPORO CAFE NOTES、鈴木謙太郎と、
枯淡珈琲の川筋愛友が、
お送りしました。ありがとうございました。
※ 読みやすさのため、話し言葉を一部整えています。内容は本編音声にもとづきます。後半の B-Side NOTES(44:15〜/ガラムマサラ)は、本編の音声でお楽しみください。